移住8年目に思う外国人として暮らし続けるオーストラリアでの生活
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こんにちは。ジュークです。
さっそくだが、この頃、妙に疲れるのである。
仕事が嫌になったわけではない。むしろ、人から見ればずいぶん順調なのだと思う。オーストラリアで働いていて、二人の子どもがいて、幸いなことに仕事にも恵まれている。生活に困ることもない。若い頃に思い描いていた「大人」には、一応なれているらしい。
それなのに、毎朝のようにコーヒーを飲みながら窓の外を眺めていると、「このままでいいのか」という問いだけが、子どもの喚き声と一緒に、湯気のように立ちのぼってくる。
東京で独身生活していた若い頃は、あたりまえだけれど、もっと単純だった。給料は高い方がいいし、肩書きも上の方がいい。キラキラしたオフィスに出勤して、少しだけ得意げな顔をして仕事をする。金曜日の夜には銀座で寿司を食べる。それが人生の成功というものだと思っていた。
会社で昇進すれば安心できると思っていた。だから、ひたすら前だけを見て歩いてきた。
人間というのは妙なもので、手に入れたものにはすぐに慣れてしまう。昨日まで憧れていた景色も、しばらくすればただの通勤路になる。新しい時計を買ったときの嬉しさも、数週間もすれば消えてしまう。
オーストラリアで暮らすことも、たぶん同じだ。
最初は毎日が新鮮だった。違う文化、違う言葉、違う季節。日本を飛び出した自分を、少し誇らしく思っていた時期もある。円安が進んだ頃には、外貨で給料をもらっていることを、誰にも言わずに少し喜んだりもした。
けれど、何年も暮らしていると、ここで「外国人」であることは、特別な肩書きではなく、静かな疲労になっていく。
アジア系の人が増えたとはいえ、オーストラリアで流行っているドラマや映画にはあまり興味が持てない。会社の同世代のオーストラリア人が子どもの頃に見ていたアニメも知らない。オーストラリアの国技であるラグビーやクリケットなんて、そもそも興味があんまりない。
そういう何気ない会話の中で、ほんの少しだけ置いていかれることがある。冗談を半拍遅れて理解することもある。みんなが笑っているので、とりあえず僕も笑っておく。そういう小さなことが、雪のように毎日少しずつ積もっていく。オージーの独特なジョークセンスは好きだが、少し気を張っていないと理解できないこともある。
だからといって、日本に帰ればすべてが解決するとも思えない。
帰ったところで、もう昔の自分ではないのだから。長く海外にいるうちに、自分の中にもいくつかの外国ができてしまった。昔知っていた日本に戻ったとしても、そこにはもう昔の自分が知っていた日本は存在しない。
たぶん、僕は日本にも少し遠く、今いる国にも少し遠い場所で暮らしている。
最近は、お金についても考え方が変わった。
昔は、資産が増えれば安心できると思っていた。もっと貯めて、もっと投資して、もっと給料を上げれば、いつか「十分」というところにたどり着けると思っていた。
でも、どうやらそういう場所は存在しないらしい。
今は、お金というのは安心を買うものではなく、「断る勇気」を買うものなのではないかと思っている。
少し収入が減っても、夕方には家に帰れる。子どもと公園に行ける。休日に仕事の通知を見なくてもいい。そういう生活を選べる自由の方が、案外ぜいたくなのかもしれない。
子どもたちは驚くほど早く大きくなる。
「パパ」と呼んでくれる日々が、あとどれくらい残っているのか、ときどき考える。一緒に公園に行ってくれる時間だって、永遠に続くわけではない。
仕事は来年も続く。会社には自分の代わりになる人間もいる。でも、子どもたちと過ごす今日の夕方には、代わりがない。
そしてその子供たちも、ここオーストラリアで生まれ、オーストラリアの保育園や学校に通う。きっと子供たちともいつか文化的距離感を感じることがあるのかもしれない。
そう考えると、少しだけ不思議な気持ちになる。
僕はこれまで、人生を前に進めることばかり考えてきた。もっと良い仕事、もっと高い給料、もっと大きな肩書き。いつも何かを追いかけていた。
でも、もしかすると人生には、前に進むこととは別に、少し立ち止まるという選択肢もあるのかもしれない。
どこで暮らすのか。何の仕事をするのか。まだ腹の底から決められない。
ただ一つだけ分かっていることがある。
「もっと上へ」という言葉だけでは、もう自分は歩けなくなったということだ。
帰りたい場所を探しているわけではない。
たぶん僕は、ようやく帰ってもいい自分になりたいのだ。
どこへ帰るのかは、まだ分からないけれど。