「豪州は働きやすい?」のリアルについて移住4年目で考えてみる

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こんにちは。ジュークです。

さっそくではあるが、色々なメディアで「オーストラリアは働きやすい」が豪語されていると感じる。「上司ともファーストネームで呼び合う」だとか「休みをとりやすい」だとか、そういう類のものだ。

日本でサラリーマンを7年ほど経験し、オーストラリアにきてもうすぐ4年を迎える個人の経験から「豪州は本当に働きやすいのか?」について考察してみる。

ほとんど個人的な感想です。

いわゆる「適当でOK」は末端ジョブレベルやバイト

極端かつ失礼な表現になるかもしれないが、日本人が想像する「オーストラリアの適当な働きぶり」はその職場の「末端の人」や日本で言うところの「バイト」の人たちに限られると思う。

私も学生時代、レストランでバイトをしていたりした。その時、適当かつフランクでカジュアルな職場環境に「オーストラリアっていいところだな」と心躍ったことは今も覚えている。時間きっかりで帰るし、自分の仕事じゃないことは「俺知らない」と言える、みんな友達みたいに和気藹々と仕事をする。

今思えば、それはそのポジションの責任が軽く別にいくらでも代えの利く仕事であったからだった。

IT企業に営業として勤めている現在、その認識と真逆の環境にいると感じる。

簡単にまとめると、それなりの職種でそれなりの給料をもらっている人たちは長時間働いていると感じるし、表面立ってはフランクでも、精神衛生においてギリギリのところで戦っている気がする

例えば、労働時間。特に私のいるIT業界では、そのほとんどの企業が米国や欧州に本社を置く。そんな状況でオーストラリア法人はあくまで「グローバル企業の一海外拠点」に過ぎないわけなので、本社とのオンライン会議やメールのやりとりは多い。

そのような場合、力関係もやはり本社が上であることが大いにある(直属の上司がアメリカに住んでいるとかザラ)ので、オーストラリア法人に勤めていると明朝や深夜帯の会議の割合が高くなる

もちろん人によっては「17時以降のミーティングなんて出るもんか」と言う人も(言える立場の人も)いるわけだが、大いにしてそういった意味での「残業」は発生している。

見方を変えると、ここオーストラリアではいわゆるブルーカラーやジョブレベルが低い職種は、時間できっちり業務が定義されている場合があるが、それなりの職種に着くと評価基準は契約書に記載はあるものの時間ではなく、アウトプットや結果、組織への貢献度となる。従って、もちろん短時間で効率的に結果を出せる人はそれでいいのだが、多くの労働者は必然的に労働時間が長くなる傾向にあると考える。

解雇はあり得る話

「なぜそこまで長時間働くのか?」の問いに対し、日本では「上司と気まずい雰囲気になるから」「先輩が働いているから」といった答えが多いと思われるが、ここオーストラリアでは「結果を出せないと解雇になるから」が真っ先に来ると思う。

オーストラリアでももちろん、労働者の権利は存在するし守られている。同時に企業は一定の手切金を積めば、従業員を解雇することができる

以下はオーストラリア政府のサイトからの引用である。

例えば、在籍年数が3年の従業員は給与7週間分を最低の手切金として渡せば、法律上は合法的に従業員を解雇できる。

オーストラリアが労働流動性の高い国とはいえ、喜んで割れ先に解雇はされたい人はいないので、その分だけ結果を出すことに時間を使わざるを得ない状況となる。

日本では「結果を出していないから」といった理由で従業員を解雇することは原則不可能であるので、その辺の違いは大きく存在する。

オーストラリアは平均年収が高いと言われることが多々あり、それは日本と為替レートだけで比べると確かにそうではあるし、オーストラリア政府の生活保護も手厚いと言えば手厚いが、このようなリスクも織り込み済みでの給与であると言える。

家族への理解は高いが、結果を出していることが前提

ここオーストラリア社会で最も優先され価値の高いとされているのが「家族との時間」だ。

おおむね、多くの企業が産休・育休の制度はしっかり持っているし、特にコロナ禍によってリモートワークが定着したこともあり、子供の事由から休みを半日など取らないといけないときでの融通というのはかなり利くと感じる。

ただし、これには大きな前提があると感じる。それは前述の通りで、「結果を出している」または「組織への貢献度が高い」である。

結果も出さず休みばかり取っているような社員を守ってくれる会社は、古今東西もちろん存在しない。それはオーストラリアでも例外ではないと感じる。

普段から結果を出し、信頼され、組織への貢献も大きい社員は、そういった意味でも守られると感じる。

一方でオーストラリア社会で家族に尽くすことは美徳とされていることもあるので、常日頃から結果を出すことは何より重要だと感じる。そうでないと家庭が崩壊する。

権利の主張は誰にでもできるが、その権利を使うことに対して見る目が時のよってはシビアである。これは日本とは違い、前述の通りオーストラリアでは企業による従業員解雇が比較的可能であるからだ。

もちろん「休みをとり過ぎなので解雇にします」で解雇にすることはかなりグレーゾーンだが、会社が従業員を解雇する理由などいくらでも作れるとは言えば作れることも現実である。

私の場合も、そうだった

私も移住1年目は、ジョブレベルの低い末端社員のポジションであったため、仕事は時間である程度決まっている度合いが高かった。クオーターごとのパフォーマンス評価はあったものの、それは形式に近いものであったと今振り返ると思う。

なのでチームもフランクであったし、上司との関係もとてもフラットであった。

2年目以降からジョブレベルが転職などを経て上げていった事に比例して、このブログに書いているような現実が少しずつ見えてきたと思う。

今の職種は、例えば、契約書では9時〜17時と明記されているがこの時間を馬鹿正直に守っている同僚などチームにいない。営業という職種でもあるので、結果を出すことが何より重要なため、結果を出すためであれば朝7時からでも夜10時からのミーティングでも出席することが期待されるような環境である。

上司への報告や他部署の責任者とのコミュニケーションも増えてきている。もちろん、お互いファーストネームで呼び合ったり、家族の話をすることもあるが、それらはいわゆるアイスブレイクというか社交辞令であり、あくまで目的はお互いの仕事の完遂、そして結果を出すことである。

結果を出せない社員の私生活など会社の誰も興味がないと思わされる場面もいくつも遭遇してきた。

そう言う面では、とてもシビアというかドライである。

結局、自分の居場所を見つけることが大事

結論、オーストラリアで安定して働いていくためには究極的に「自分を最も評価してくれる環境に身を置く」ことが必要だと感じる。自分が評価されるということは、結果を出しているという事に他ならないため、会社から大事にされる。よって、家族のために休みを取ったり時短にしたりすることもしやすい。

一方で、自分が評価されない・されにくい環境にいると、そういった融通も形式上効いても、仕事をしづらくなったり上司に低評価の烙印を押されることもある。

そのための高い労働流動性だと思って、「自分に合わない」「自分が評価されていない」と思った場合は、割り切って次の職場を探すこともオーストラリアで必要なスキルの一つかと思う。

日本では「石の上にも3年」と言われたりし、もちろんそういった意味での忍耐ややり切る力、諦めずに最後までやることはオーストラリアでも大事な要素ではあるし否定はしないが、「職場の合う合わない」がより強い意味をこの国では持つと考える。

日本生まれ、海外育ち、2018年よりオーストラリア在住。2021年7月に第一子が誕生。普段は外資系企業でサラリーマンやってます。

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