3年ぶりに日本へ帰って思ったこと

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こんにちは、ジュークです。

早速ではあるが、この前ほぼ3年ぶりに日本へ一時帰国した。コロナ禍もあり日本への帰国が長い間叶わなかった在外邦人は多いと思うが、私もその一人であった。

3年ぶりの日本の地に降り立った時、それはまさに浦島太郎状態であった。私の知っている日本は3年前で止まっていたが、東京の地は確実に良くも悪くも変わっていた。

それでは雑多にまとめてみたい。

少子高齢化は確実に進んでいる

私が羽田空港に降り立ち、バスや電車を利用して実家まで移動していた時、最も思ったことだ。

「平均年齢が高い」

私が日本に住んでいた時も、ニュースなどでしきりに報道されオンラインでも話題になっていたことではあるが正直実感があったかと言われると、私はなかった。だって、他に比較する社会がなかったから。

東京で暮らし、東京で仕事をしているとその実感を湧きにくいのではないかなと思う。いかんせん東京には人が溢れ、渋谷・新宿・池袋といった繁華街は今も若者も多く、一見元気である。

しかし3年ぶりに東京の地に降り立った私は、少子高齢化が事実として、紛れもない現実として日本社会で進んでいることを痛いほど感じた。私は現在30代前半であるが、現在居住するオーストラリアと比較しても、都心においても私より若い人はやはり少なく、子供はもっと少なく、仕事面でも取引先などで30代の人に出会うことは少ないと感じた。

事実、内閣府の発表によると1950年時点で日本の人口における高齢者(定義として65歳以上)の割合は5%に満たなかったが、2019年時点で30%近い数値にまで達している。それは10人に3人は高齢者となったことを意味し、2065年には40%に到達すると見込まれており、国民の2.6人に1人が高齢者となる。

内閣府の発表は以下の通り。

https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2020/html/zenbun/s1_1_1.html

ここオーストラリアは子供と若い人が個人レベルでも感じる。職場には私より若い人が多いし、子供を持つ世帯も多いと感じる上、繁華街でなくとも子供や若い人を見かけることは多い。逆に50代以上の人を仕事場で見かけることは少ない。

現に、CIAワールドファクトブックによると2014年時点で日本の中央年齢は46.10歳に対し、オーストラリアは38.8歳と、日本と比べるとほぼ10歳ほど若い社会となっている。ちなみに日本の46.10歳は世界3位であり、1位はモナコ(51歳)、2位はドイツ(46.10歳)となっている。マイクロ国家モナコと日本を比較するのは難しい側面もあり、実質上日独の2トップといって良いと思われる。

街の高齢化も進んでいる

私が滞在中、高齢化が進んでいると感じたのは人間だけではない。社会インフラなど「街」そのものが高齢化していると感じた。簡単な言葉で置き換えるならば、建物や道路といった社会インフラが建て直されることなく、長年放置されたままになっている箇所が増えたと感じた。

なにかこう、数字で裏付けられるものではないが以下のツイートをしたところフォロワーさんから返信をいただけたこともあり、「そう思ったのは俺だけじゃないんだ」と感じた。

いただいたリプレイは以下の通り。

放置されたインフラが目立ちはじめ、少子高齢化を目の当たりにすると、それは一言で言うと「活気」が社会から失われていっていることに他ならなかった。

私は、母国日本がそのような状況にあることに強いショックと複雑な心境を覚えた。それまでなんとなく「少子高齢化が進んでいるとはいえ、大丈夫でしょ?」と思っていた自分が、何か情けないと思った。

一方、東京都心は2022年現在も都市開発が積極に進んでおり、高層ビルが立ち並び、インフラ更新は行われているとは感じた。しかし都心から少しでも離れると、そこには活気を失い、まるで社会から忘れ去られたかのように放置された建物や公園、道路といったインフラの老朽化が現実として佇んでいた。

全てが安い

少子高齢化とインフラ老朽化の次に思ったことは、物価の安さである。在外邦人が日本に一時帰国するとツイッターで話題になることの1つではあるが、私は正直今回帰国するまで半信半疑であった。

「そんなこと言いつつ、本当は違うんじゃないの?」

と日本に到着するまで、本当に思っていた。

日本に到着してみて、飲食店や居酒屋などで食事をし、デパートなどで買い物をするとその疑惑は確信に変わった。

「オーストラリアに比べて外食は半額〜7割程度、衣類なども8割以下である」と。

ここオーストラリアは近年の経済成長とインフレの影響もあり、もちろんピンキリではあるが昼食をカフェで食べようものなら20ドル(1800円)はかかり、25ドル(2300円)ぐらいで「まとも」な食事ができる物価水準となってきた。さらに、ユニクロや無印良品などといった日本ブランドも日本の価格の1.5~2倍となっている。とてもじゃないが日本の値段を知っていると、定価で買う気にはなれない。

もちろん、物価に合わせてオーストラリアの給与水準も日本に比べると高いわけだが、それにしても近年の豪州における物価上昇は住んでいても「これはちょっとやばいよね」と思うレベルである。

一方、私が今回日本に行って思ったのは日本の物価水準はほとんどこの5年ほどは少なくとも変わっておらず、インフレが加速する諸外国、さらに円安に突き進む為替も重なったことその低物価が際立っていた。

「このクオリティの食事がこの値段!?」と思うことがなん度もあり、「ここのレストランの従業員はちゃんと生活できる給与を受け取っているのだろうか?」と不安にあることもあった。

例えば、ここシドニーでまともなラーメンを食べようものなら20ドルは軽くする。おまけに唐揚げや餃子をつけようものなら、10ドルずつかかったりする。早くも40ドルランチの完成である。

一方、東京都心でラーメンを食べても1000円はしないことが多い。しかも、1000円の東京のラーメンのほうが倍近い値段のするシドニーのラーメンよりうまかったりする。

ホテルも東京都心で1万5000円前後も出せば、「それなり」のホテルの泊まることができた。ここシドニーの中心部で「それなり」のホテルに泊まろうとすると250ドル〜300ドル(24000円〜28000円)ぐらいが相場となってきていたりする。もちろん安いホテルもあるが、それはもちろん安いなりに理由がある。

結論、ものを買うたびに無意識に豪ドル換算する自分がいて、その度に「や、安いな。。。」と思った。

日本はどうなるのか?

今回の帰国は1週間前後と短い期間であったが、私はその時間の中で「私の知っている日本はどこへ行ってしまうのか?」と、前述の通り、強烈なショックを受けた。

少子高齢化が紛れもない事実として加速し、使わなれなくなったインフラが放置され、物価が安くなっていく。

これらの事実は、紛れもなく日本の国家としての衰退を私に強く感じさせた。

同時に日本からオーストラリアに帰国すると、ほとんどその真逆を感じさせられることが多く、豪州と日本のギャップもまた私に強い違和感を覚えさせる。飛行機でわずか9時間乗っただけで、これだけ違う社会が広がっている。

話は少し変わるが、私は以前「日本はいつからアジアの盟主ではなくなったのか?」を主旨に記事を書いた。

日本は確かに、その昔は技術力でも経済力でも確かに世界をリードする立場にいた。それは人に言わせれば「人口ボーナス」によるものだとか、「米国に守られていたからだ」とか「若い人が多かったからだ」とかいろんな諸説はあると思う。

その理由は何にせよ、事実として日本は現在衰退している。それもおそらく、日本に住む日本人が思う速度以上の速さで。これが今回私が日本に帰国して思ったことだ。

もちろん、私の住むオーストラリアが完璧な国だとは思っていない。オーストラリアはオーストラリアで多くの社会問題を抱えている。同時に、人の集まりである国家であれば大小あれど社会問題はある程度抱えているものだ。

しかし、日本のそれは深刻かつ不可逆的に進んでいることが最大の課題であり、さらにそれは日本にいるとそうそう客観的に感じられるものではないかもしれない。在外邦人は、普段住んでいる国や社会と比較することが容易だというのはある。

娘が成長したとき、ルーツである日本がどうなっているのか。私の知る日本を、娘も体感できるのだろうか?

私は今回の帰国でとても強い悲壮感と、精神的にショックを受けた。

日本生まれ、海外育ち、2018年よりオーストラリア在住。2021年7月に第一子が誕生。普段は外資系企業でサラリーマンやってます。

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