自らの経験から思う外資ITの「営業」とは – 分業かつ協業の仕組み化

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こんにちは。ジュークです。

これまで日本とオーストラリアで外資IT(この場合、米国資本を指す)で働いてきた経験についてのブログ記事を2つ掲載してきた。Twitterでも色々な評価・コメントをいただき、まずこの場を借りてお礼を申し上げたい。

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さて、この手のトピックで時折聞かれる質問として、「外資ITの営業とはどんな仕事なのか」「どのように営業活動を行なっているのか」が多い。本記事では、この2つの質問を業界としての通説と実体験を交えながらお伝えできればと思う。

私は外資系企業に勤める前は、コテコテの日系企業でも営業をしていたので、そういった比較も織り交ぜたいと思う。

外資ITの営業は「新規」と「既存」でまず分けられる

多くの日本企業で言われる、いわゆる営業職についてどのような経験やイメージをお持ちだろうか。

王道のパターンとしては、一人の営業はいくつかの既存顧客を担当し、それら既存顧客との関係向上に勤める傍ら売り上げアップを目指す。そして時間があれば、新しい案件も取りに行く。ざっくり言うと、業界や企業の市場での立ち位置で度合いの違いはあれど、そんな感じが一般的だ。

外資ITでは、多くの場合はこのような「なんでもする」営業体制、横文字を使うと「ユーティリティ」な営業ポジションは珍しい。

そう、このブログのタイトル通りだが多くの外資ITではいわゆる「営業活動」は営業という名のプロセスの川上から川下までにおける工程ごとにポジションが確立され、分業化され、営業組織全体でみると協業体制が作られている。

まず「既存」か「新規」か

以前の記事でも述べた通り、外資ITで営業はまず大きく2つの種類に分けられており、「新規営業」と「既存営業」で所属組織や上司が異なる場合が多い。

これは営業経験者ならわかることだと思うが、これら2つにおける求められるスキルセットが営業と大きな枠では同じだが、実際に日々の実務で求められる技能やマインドセットは既存と新規で大きく異なる。

簡単な言葉を使って表現するならば、新規営業は「狩猟」であり、既存営業は「農耕」であるとよく例えられる。

まず説明が比較的楽な既存営業から始めたいと思う。

既存営業の最大のミッションは、既存客に自社サービスを使ってもらい、満足してもらい、毎年更新してもらうことだ。よって、既存営業には関係構築する力、自社と顧客が双方が心地よく納得する距離感の線引き、仮にトラブルが起きた時にはいかに自社が不利にならないようにする交渉力、そしていかに自社サービスを顧客にて「なくてはならない」ものにするか(つまり来年も再来年もお金を払ってくれるお客にする)が仕事の出来として問われる。つまり、与えられた畑(既存顧客)においていかに作物を増やし、売り上げを出すかが仕事だ。

一方の新規営業は、全くの新しい商売を探す営業なわけなので、相手に自社サービスに興味を持ってもらう、購入を検討してもらう、そして実際に買ってもらうことが仕事だ。つまり、いかに「つかみ」を作ることができるか、初対面の相手とコミュニケーションを取り、自社サービスのメリットや価値観を「買って」もらえるかが問われる。前述の例えに戻ると、獲物を追う狩人のイメージで既存営業とは真逆の仕事である。

よって、自社にお金を持ってくるという意味では同じ営業であっても、その性質は大きく異なる。したがって既存営業と新規営業ではその適性が大きく異なるため、採用する人の実績・性格も大きく異なる。

そしてよくある質問として、「既存営業は既存のお客さんと話せばいいよね?んじゃ新規営業ってどうやってるの?」はあると思う。

この記事では、より複雑な「新規営業」について言及してみたい。

新規営業は細かく分業化される

日本進出において「アメリカでの成功」は大して意味がない

仮に、アメリカでブイブイ言わせているSaaS企業やオンラインテクノロジー企業が意気揚々とアメリカでの実績を提げて日本法人を立ち上げ、「アメリカのようにブイブイやるぞ!」と意気込んだところで、日本ですぐさま成功し、ひっきりなしに問い合わせがきて売り上げが寝てても上がるかというと、100%の場合そうではない。

単純なことで、多くの日本企業は米国でのIT動向など気にしていない。だからどんな企業が勢いがあるのかも知らないし、マーケットトレンドなど興味もない。そもそも言語が違うため日本に入ってくる情報量も少ない上、アメリカ企業で受けるものが日本企業でも受けるとは限らない。例に、アメリカではメッセージツールといえばWhatsAppの一強だが、日本ではLINEがマーケットシェア1位であり「WhatsAppって何?」の人が多いのではないかと思う。

いくらアメリカで実績があっても、その実績が日本人なら誰でも知ってる超大手企業ではないと意味がないし、仮にそうであっても「だってアメリカの話でしょ?日本とは違うし」と日本企業の意思決定層は興味持ってくれないことがほとんどだ。

このロジックは米国企業の日本支社もオーストラリア支社でも同じだ。豪州は米国と同じ英語圏であるため、言語の壁はもちろんないが、商習慣や市場嗜好の違いなどももちろんあるので米国で流行っているものがオーストラリアですぐさま流行るというわけではない。例えば、日本で大流行の米スターバックスはオーストラリアでは、豪州の消費者とは一切嗜好が合わず撤退に追い込まれている。

簡単にいえば、「どこの馬の骨かも知らない企業と商売をすぐにしてくれる顧客」など古今東西どこにも存在しない。

これは米国のスタートアップが米国で商売するのも同じだ。スタートアップ競争が過激な米国では、SaaS企業などは星の数だけ生まれ星の数だけ消えていく。いかに自社サービスがよくても、利益を出せない企業は潰れるだけという簡単なロジックだ。

新規顧客の獲得が企業の生命線

よって、ここで求められるのは的確な収益をあげるやり方、つまり効率的な「新規営業のやり方」だ。いかに効率的に、スピード感を持って無駄のない新規営業をできるか。それが企業の生き残りにかかっている。

IT市場は栄枯盛衰が激しく、技術の進歩も極めて早いため多くの企業が既存顧客からの収益だけで何十年も食べていける業界ではもちろんない。IT業界の巨人であるマイクロソフトやアドビ、オラクル、IBMもこの数年で大型買収を繰り返したり、大きくビジネスモデルを変えているのがその証拠である。これはITに限ったことではないが、生き残りたい企業は常に市場で優位に立ち続ける必要がある。

つまり、常に新規市場を開拓し、新規顧客を獲得し、収益を上げ続けられる構造がないと生き残れない。

3つの大きなステップ

私の経験上、新規営業という大きな取り組みは3つのステップに分業され、「新規営業組織」として協業されているパターンが多い。その3つは「マーケティング」「インサイドセールス」「新規営業担当」だ。

話を少し戻し一般論でいくと、営業をしたことのある人ならわかるが、上司から「新規案件をもってこい!」と言われたところで「どこから?」「どうやって?」と思うのが当たり前だし、そんなことを言う上司も自分で何を言っているのかわかっていない場合が多い。

よくあるパターンとして、困り果てた営業は闇雲に持っている名刺に電話をしたり、インターネットで訪問したい相手企業の代表電話番号に連絡をとったところで受付に「営業の電話は結構です」と断られる。また、すでに取引をしている商社や販社の営業担当に電話をかけまくって新しい種がないか模索する。それか取り扱っている商材が一般消費者にも売れるものであれば、マンションなどへピンポン訪問したり、飛び込み営業をする。

この手の活動はほぼ100%うまくいかない。

これは簡単に例えるなら宝くじを当てるような作業であり、ある程度営業を経験した人なら通った道なので、うまくいかないことは分かりきっているため結局誰も何もしない。うまくいっていないことを上司に怒られるぐらいなら、現在担当している既存顧客に注力したほうが数字が上がる可能性が高いので、そっちに「逃げる」ことが増える。

しかし、既存顧客が毎年毎年大きな売り上げをもたら得てくれるかと言うとそうでもないので、企業全体としての収益力は伸び悩む。

これは米国でもオーストラリアでも同じだ。

なぜこのやり方がうまくいかないのかというと、単純に「自社サービスに興味をもってくれそうな人に適切なタイミングで連絡をとっていない」からだ。例えば、朝ごはんを食べたばかりでお腹が膨れているのに、出勤途中にたまたま通りかかったファーストフードチェーンの店員さんから「今ならハンバーガーが10%オフ!」と言われても誰も買わない。しかし、これがお昼休みのお腹をすかせ、「お昼どうしようかな〜」と思っている時にそんなお得な情報があったら「今日はハンバーガーにするか」と(他のお店を探すのも面倒と)思って入店する人はいると思うのと同じである。

違う例で、あなたがクルマの営業担当だとしよう。ある日、上司に「今すぐ車を売れ!」と無理難題を押し付けられた。真っ先に思うのは、車の購入を検討している人で、実際にちゃんと予算があり、この1−2ヶ月で買うことを本気で考えている人に連絡することが理想だろう。しかしそんな人がどこにいて電話番号が何番でメールアドレスなんぞ持ってないので、連絡が取りたくても取れないパターンが100%であろう。

この外資ITはこの新規案件を作り出す最大の障壁である「とっかかりを作る」プロセスを仕組み化しているところが多い。

第一歩はマーケティング – 自社サービスに興味を持ってくれる人に自社を認知してもらう

仕組み化の第一歩は、「自社サービスに興味をもってくれるだろう人のリスト」の作成その人たちへの認知度向上だ。いきなり「買ってくれる人」のリストなど存在するわけがないしそんなものが存在していたら、世の中に営業はいらない。

この作業は外資ITでは「マーケティング」と呼ばれている。メジャーなやり方としては、ターゲット層が参加する展示会への参加、意思決定者が集まりやすい会合や協会への加入、そして興味を持つであろう役職・職種の人がよく見る情報サイトへの記事掲載、ソーシャルメディアの活用による認知度向上、自社サイトでウェビナーを公開などがあげられる。

つまり、まず自社の存在を認知してもらい、興味を持ってもらい、登録する際に連絡先を入手する作業である。みなさんも自分の連絡先を入れないとダウンロードできないコンテンツや見れない動画に出くわしたことがあるかもしれないが、それはあなたの連絡先と無料のコンテンツの「交換」である。

例えば、金融機関向けのSaaS企業であれば、全日本銀行協会(そんなものがあるのか知らないが)などといった会合に参加ができれば、企業として買ってくれる可能性がゼロではない大手銀行のみならず日本中の地銀などにも名前が売れるし、自社サービスを紹介する機会も狙える。

このプロセスは企業の成功に非常に重要だ。理由は簡単で人は「名前も知らない企業から物を買う」ということを原則しないからだ。多くの企業がテレビCMや大手サイトの広告にお金を投じるのは当たり前だがこう言った背景であると考える。外資ITのように日本上陸時は認知度ゼロの企業にとって、このステップは企業の命運を左右するといっていい。さらに、そういった展示会や協会は誰でも好き勝手に関われるものではないので、ある程度の信頼感が生まれる。

逆にわかっていない経営者だと、「うちのサービスは質がいいから、マーケティングなどせずに売れる!」と意気込む。そして認知度が低いため検討してくれる客が少なく、行き詰まる。

話を戻し、マーケティング担当者はこのような「認知度向上」作業を行うことで「自社サービスに興味を持ってもらえそうな人」リストを作っていく。そしてできたリストは、インサイドセールス部門に共有される。

興味を持ってくれた人の誘導係「インサイドセールス」

インサイドセールスはその名の通り日本語で言うと「内勤営業」であり、営業と呼ばれるもののいわゆる営業のように顧客のオフィスに出向き商談をする人ではない。

インサイドセールスは、基本的にオフィス内で仕事が完結する。具体的には、マーケティングから共有されたリストに対し、メールや電話を連絡をとる。自社サービスに興味がないか、直近でのイベントへの案内や自社サービスの紹介、実績、メディアへの露出などを伝えることで「変な企業ではなく、ちゃんとした会社でこういうサービスを提供していますよ」と信頼と安心を積み重ねる。

もちろん、その手の展示会やメディアを見たからといって全員が全員興味を持ってくれるはずなど毛頭ないが、闇雲に営業先を探すのではなく「一定の条件下」で入手したリストのため確度は高くなる場合が多い。

このプロセスを繰り返すと、リストの中から「一回話を聞いてみたい」と言ってくる人(見込み客と呼ばれる)が出てくることがあり、そうなればインサイドセールスの仕事は完了である。自社の新規営業担当とスケジュール調整をして、ミーティングを設定する。あとは新規営業担当が、見込み客と話をして「この人は本当に買ってくれそうか」さまざまな確度から判断していく。

言葉を変えれば、インサイドセールスの仕事は、「興味を持ってくれそうなリスト」の人たちに実際に興味を持ってもらい、営業と話す場を設けるまでが仕事だ。そのためにいかにメールや電話で相手が知りたい情報や「つかみ」を提供できるかがその人の評価となる。

もちろん、こんなうまく物事が理論上にいく可能性は極めて低い。一般平均で「興味を持ってくれそうな人」から実際に商談になりうる可能性は2%以下と言われている。つまり、インサイドセールスの仕事は「興味をもってくれそうな人リスト」の「仕分け」作業でもある。

また、「興味を持ってくれそうな相手」も所詮はサラリーマンであるので個人の判断で買うか買わないかの判断はできないケースがほとんどだ。一般的に企業が何かを買おうとすると予算承認をとったり、購買部の許可が必要であったりなどなど「タイミング」も関わってくる。

結論、闇雲にアポをとっても時間の無駄となることが多いので、アポをとってもよい基準というものが企業によって定められていることも多い。

例えば、顧客の役職(例:課長以上。話す相手が課長未満だと決定権がないケースが多いため時間の浪費である)、見込み客の話したい動機が個人的な興味ではないこと(つまりただの冷やかしではないことの確認)、実際に検討があるかどうか(ざっくりでも向こう4−6ヶ月などで購入する予定でいるか)、適切な部署の人か(例えば、自社サービスが経理向けソフトウェアなのに製造部の人とアポをとっても意味はない)などを確認することは多い。

つまり「責任と仕事範囲の明確化」が肝となる

よって、外資ITにおける新規営業のプロセスをまとめると以下のようになる。

まとめになるが、マーケティング組織が「興味を持ってくれそうな人のリスト」を作成。そのリストに片っぱしからインサイドセールスが連絡を取り、新規営業担当とのミーティングを設定する。新規営業担当はその見込み客が有望か判断し、有望であればクロージング(成約)までもっていく。

この分業かつ協業体制は、一見登場人物が多く複雑そうで非効率に見えるかもしれないが、日本企業での「何でも屋」営業と外資ITでの分業営業の両方を経験した身からすると後者の方が圧倒的に効率的ではある。

最大の理由は、前述の通り求められるスキルセットが違うことので適性がはっきりすること、そして作業の幅が狭くなることによってある程度「繰り返し作業」になることだ。

人は、一度にいろんなことをやろうとすると大抵失敗するし「器用貧乏」状態に陥ることがほとんどだ。仮に、一人の営業が「興味を持ってくれそうな人のリスト」を一人で作って、一人で電話をして一人でアポを取るとなるとその労力が果てしない。

また前述の通り、「初対面の人と話すのが得意」な人もいれば、「人間関係を濃くするのが上手い」人もいてこれはその人の適性と性格由来のものである。つまり、「向き不向き」があり、「不向き」な部分はある日突然得意になることはないので仕事が「止まる」ことが多い。結果、何もしなくなる。

一方、外資ITの分業スタイルは、マーケティング・インサイドセールス・新規営業担当の発掘から成約までの営業における仕事範囲が明確に定義されているため各々の適性、目的と責任がわかりやすい。そしてある程度の繰り返し作業となるため、知見も溜まりやすいしPDCAも回しやすいといったメリットもある。

終わりに

ざっと、外資ITにおける営業のかたち、そして少々複雑な新規営業戦略について書いてみた。

もちろん、この業界を経験していない人にとっては「なんのこっちゃ」的な部分も多いと思う。私も初めてこの業界に足を踏み入れた3年ほど前は「なんだこれは」と驚きを隠せなかった。

外資IT界隈で確立しているこの仕組み化は、それまで日本でやっていた営業とは全く違う手法であり、新興SaaS企業以外では日本企業で導入しているところはまだ僅かな印象だ。

もちろん、このやり方が100%正しいとは思っていない。実際にこの仕組みの一部になると大きな問題や欠陥があることにも気付く。

しかし、それを差し置いてもこのプロセスの外資ITでの普及具合をみるとその信頼度は大きいものと思う。

それでは、今日はこのへんで。

日本生まれ、海外育ち、2018年よりオーストラリア在住。2021年7月に第一子が誕生。普段は外資系企業でサラリーマンやってます。

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